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余韻 奈良五條
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高野山 — エリアガイド

高野山
Area Guide

高野山

弘法大師の霊場 — 余韻から車で約40分

標高約850メートル。和歌山県の山上に開かれた仏教の聖地が、高野山だ。空海が真言宗を開いた816年以来、1200年以上にわたって修行の場であり続けている。

奥之院の参道に一歩入ると、時間軸が変わる。2キロ以上続く杉並木の下、織田信長や豊臣秀吉から近代の企業まで、2000を超える墓碑が並ぶ。これほど多様な時代の人々が同じ場所に眠っている光景は、他にない。

早めに出て、奥之院の朝を歩くことを勧める。人が少なく、霧が低く立ちこめるその時間が、高野山の本質に近い。

奥之院の燈籠は、1200年間消えたことがない。

Places

奥之院

一の橋から御廟橋まで約2キロ続く杉並木の参道に、20万基以上の墓碑が並ぶ。織田信長や豊臣秀吉といった戦国武将から近代企業の慰霊碑まで、時代も身分も混在している。1200年間灯り続けているとされる燈籠が、御廟の奥に今も灯っている。

苅萱堂

出家した父と、父を探しに来た息子が、互いに親子と名乗ることなく生涯を修行者として過ごしたという説話の舞台。父は息子に「あなたの父はすでに死んだ」と偽り、息子はその弟子として山に留まった。中世に謡曲や浄瑠璃になるほど広く伝わった物語で、奥之院への参道近くにある。

徳川家霊台

1643年、三代将軍・家光が初代家康と二代秀忠を祀るために建立した霊廟。日光東照宮と同じ「東照宮様式」で、家康の霊屋には「寅」、秀忠の霊屋には「兎」が干支として彫り込まれているとされる。密教の聖地の中に徳川の権威建築が並ぶ対比は、高野山の中でも独特の景観をつくっている。

Journal
高野山
Koyasan / 空海

師は、死ぬ三ヶ月前に待っていた。

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