6月の奈良は、雨と緑の季節だ。
梅雨の晴れ間を選んで、天川村へ向かう。みたらい渓谷——エメラルドグリーンの淵と、大小の滝が連なる渓谷は、新緑のこの時期が、一年で最も水の色が鮮やかだと思う。

みたらい渓谷へ
天川川合を起点に、遊歩道を歩く。川沿いの道は木々が高く、日差しがまだらに差し込んでくる。ひんやりとした空気の中に、水の音だけがある。6月の渓谷は、雨を吸い込んだ緑が一年で最も深い。
みたらい渓谷の名の由来は、「御手洗(みたらい)」——神が手を洗う場所、という意味だ。それほどの清らかさがあると、昔の人が感じた場所ということだろう。実際に水の色を見ると、その感覚は大げさではないと思う。エメラルドグリーンの淵は、深くなるほど色が濃くなる。底が見えているのに、どこまで続くのかわからない。
吊り橋の上に出ると、眼下にみたらいの滝が見える。岩を割るように流れ落ちる水と、その下に広がる深い碧の淵。梅雨の雨を集めた川はいつもより勢いがあり、飛沫が顔まで届いた。橋の上でみんなで立ち止まって、ただその景色を見ていた。下から見ていた水が、橋の上から見ると全然違う表情をしている。角度が変わるたびに、同じ場所が別の顔を見せる渓谷だ。
遊歩道は天川川合からみたらい渓谷まで約2.8km。歩いて45分ほどだが、立ち止まる回数だけ時間が伸びる。それでいい場所だと思う。

新緑の季節が終わると、次は紅葉が待っている。11月上旬、全山が色づくみたらい渓谷の秋は、近畿随一とも言われる。同じ渓谷が、まったく違う顔を見せる。

みたらい渓谷から余韻まで、車で約1時間。山を下る道には、ずっと緑が続く。
チェックインの後に
16時、余韻の扉を開ける。

来る途中に、買い出しを済ませてある。台所に荷物を下ろして、夕食の支度を始める。渓谷を歩いた疲れが、じんわりと脚に残っている。手を動かしながら、外の光がゆっくりと変わっていくのを眺めた。

夜、蛍へ
食事を終えてから、外へ出た。
6月の夜は、まだ体に優しい。宿の近くを流れる吉野川の土手を歩くと、草の間から光が浮かぶ。一つ、また一つ。目が慣れてくると、川沿いのいたるところで、小さな光が漂っているのがわかる。風もなく、蛍たちはゆっくりと動いていた。誰も声を出さなかった。みんな、ただ光を追っていた。

翌朝
朝日で目が覚めた。古い建具の窓から、光が差し込んでいる。いつもより深く眠れた気がする。
庭に出ると、梅雨の朝らしく、空気が湿っていた。植物の緑が濃い。コーヒーを淹れて、椅子に座る。昨夜の川沿いのことを、ぼんやりと思い返した。蛍の光は、目を閉じるとまだ浮かんでくる。
チェックアウトの朝に
チェックアウトは11時。出発前に、新町通りを歩く。

6月の朝の通りは、人が少ない。石畳はまだ濡れていて、軒先から雫が落ちていた。車に乗って走り出すと、また雨が降り始めた。ワイパーが動く中、窓の外の木々が雨粒を受けるたびに揺れて、葉の色がきらりと光る。晴れた日に見るより、ずっと鮮やかだった。
余韻
奈良県五條市本町2丁目6-24
チェックイン 16:00 / チェックアウト 11:00
みたらい渓谷
奈良県吉野郡天川村北角
遊歩道コース(天川川合〜みたらい渓谷)約2.8km/約45分
余韻より車で約1時間