yoinn余韻 奈良五條

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五條のこと

五條という町のことを、少し話したい。

五條という町のことを、少し話したい。

奈良という県名を聞いて思い浮かべるのは、大抵、奈良市の鹿か、吉野の桜だろう。

五條という名前は、その次には出てこない。

だが地図を見ると、五條は奈良県のほぼ中央、和歌山との境に近い場所にある。古くからここは、五つの街道が交わる場所だった。東は伊勢へ、西は紀州へ、北は奈良へ、南は熊野へ。大阪と九州を結ぶ道も、ここを通った。江戸時代には代官所が置かれ、紀伊と大和をつなぐ物資の中継地として栄えた。

それほど重要な場所だったのに、今の五條を知っている人は少ない。


吉野川が、町を東西に貫いている。

雨の多い大台ヶ原を源流に持つこの川は、五條の手前で大きく蛇行し、南に向かって流れを変え、和歌山で「紀の川」と名を変える。河川敷から見上げると、川の向こうに山が迫っている。空が広い。

川沿いの堤防に上がると、新町通りが視界に入ってくる。


慶長13年(1608年)、城下町として整備されたこの通りは、約900メートルにわたって江戸時代の町家が連なっている。商人の家、宿屋、土蔵。重要伝統的建造物群保存地区に指定されているが、観光地然としていない。生活がある。人が住んでいる。

柱や梁の色が、年月の重さを持っている。

これだけの町並みが残っているのに、多くの人が素通りする。国道24号を走り抜けて、高野山や吉野への通過点として五條を通り過ぎていく。

それが少し、惜しいと思う。


五條に泊まることにした旅人だけが、この町のもう少し深いところまで入っていける。

朝、人通りの少ない新町通りを歩く。夕方、河川敷から山の輪郭が夕日に染まるのを見る。大阪からも、京都からも、奈良市内からも、ここには届かない静けさがある。

そして歩き続けると、地元の人しか知らないような場所に、少しずつ出会っていく。

新町通りでも観光マップでもない場所。地図に名前はあっても、誰も教えてくれなかった場所。五條という町には、まだそういう場所がいくつか残っている。

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