宇陀の山あい、室生川の上流に、室生寺はある。奈良と三重の県境に近い、深い山の中の寺だ。ここには、"女人高野"というもう一つの名がある。yoinnからは車で一時間十五分。少し遠いけれど、行けば分かる——この静けさは、そこにしかない。
山が、先に聖地だった
室生寺が建つより前から、この山は聖地だった。すぐ近くの室生龍穴神社は、水を司る龍神を祀る古い社。その奥には、龍神が棲むと伝わる洞穴「妙吉祥龍穴」がある。平安の昔、朝廷は日照りのたびに、ここへ雨乞いの使者を送った。室生の水は、遠く木津川・淀川の源にもつながっている。
じつは室生寺の始まりも、この龍穴と結びついている。奈良時代の末、のちの桓武天皇の病を、僧たちが室生の龍穴で祈ったと伝わる——その霊験の地に、やがて寺が生まれた。山の神聖さが先にあり、その上に、仏の寺が重なっていった。
なぜ"女人高野"なのか
かつて高野山は、女性の立ち入りを許さなかった。長いあいだ、女人禁制の山だった。そんな時代に、室生寺は女性の参詣を受け入れた。だから、"女人高野"。高野山に登れなかった女性たちが、祈りを捧げに、この山を訪れた。江戸時代には、五代将軍綱吉の母・桂昌院が寺を再興している。女性たちに支えられ、守られてきた寺でもある。
国宝の五重塔
太鼓橋を渡り、石段を上っていくと、木立のあいだに五重塔が現れる。屋外に建つ五重塔としては、日本で最も古く、最も小さい。高さは十六メートルほど。平安時代のはじめ、千二百年ほど前に建てられた国宝だ。
小さいが、たおやかで、うつくしい。じつは一九九八年、台風で大杉が倒れ、この塔を直撃した。大きく損傷したが、二年をかけて修復され、いまふたたび、静かに立っている。千二百年を生き延びた塔の、しなやかさを思う。
山と、一体の寺
室生寺は、山に逆らわない。斜面に沿って、金堂(これも国宝)、本堂、五重塔、そして奥の院が、石段でつながれていく。堂のなかには、平安時代の仏像がまとまって伝わり、そのなかには国宝もある。奥の院までは、急な石段を登る。息が上がるころ、山と寺の境目が、だんだん分からなくなっていく。
秋の室生寺
春には参道を石楠花が彩り、秋には、山がまるごと色づく。室生は山あいで朝夕の冷え込みが早いぶん、大和路のなかでも早くから紅葉がはじまる。見頃は十一月の半ばから十二月のはじめ。太鼓橋から本堂へ続く参道が、朱と黄に染まる。五重塔と紅葉が重なる眺めは、この寺を代表する一枚だ。紅葉の時期には、夜のライトアップもある。昼とはまた違う、静かな朱の世界が広がる。
拠点として——五條から一時間十五分
室生寺へは、yoinnのある五條から車で一時間十五分。宇陀の東の奥、少し遠出になる。けれど、観光バスで賑わう寺とは違う、山深い静けさは、その距離の先にしかない。日中は女人高野へ、夜は静かな町家へ。急がず、山の寺の秋に会いに行く一日を。
奥大和の秋をまとめて巡るなら、「もう一つの奈良——奥大和と世界遺産の秋」も。