yoinn余韻 奈良五條

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宿のこと

余韻という宿を、引き継いだ日のこと。

余韻という宿を、引き継いだ日のこと。

パソコンで、宿の売買情報を探していた。

いつかは宿をやりたいと思っていた。経験はなかった。それでも、なんとなくそういう方向に向かっている感覚はあった。宿泊施設の売買には、魅力的に見えて実態の伴わない案件も少なくない。だから書類や数字だけを見て判断するつもりはなかった。最後は人を見て決める。それだけは決めていた。

奈良県五條市、という地名が画面に現れた。知らない場所だった。

連絡を取り合って、翌日には新幹線で福岡に向かっていた。前のオーナーに会いに行くために。必ずしも行く必要はなかったかもしれない。でも、絶対に会いに行こうと思っていた。何かが動くときは、後先考えずに体が勝手に動いている。いつもそうだ。

前のオーナーは、話しやすい人だった。同じ世代でもあったから、尚更。なぜ五條で始めたのか、どういう思いでこの宿を作ったのか、そんな話を聞いた。直感で、悪い人ではないとわかった。それで十分だった。


十一月の初め、五條に来た。

高速を降りると、山が見えた。大阪や京都とは違う空気が流れていた。山の景観が綺麗だと思った。それだけで、少し気持ちが動いた。

宿の中に入った。

古い建物の骨格がそのまま残っていた。梁の太さ、光の入り方、素材の質感。そこに、現代の暮らしやすさが丁寧に加えられていた。清潔で、懐かしくて、古いものと新しいものが互いの良さを引き出し合っていた。

ただただ、見惚れていた。

どのくらいそうしていたか、よく覚えていない。気がつくと、街をぶらぶらと歩いていた。新町通りの古い町並みを歩いた。河川敷から山を眺めた。本当にのんびりと、ただ過ごした。急ぐ必要がなかった。急ぎたくなかった。

一目惚れだった。

不安が来たのは、その後だ。運営経験がない。五條という土地のことも何も知らない。どれくらいの集客が見込めるのか、見当もつかない。頭の中でそういう声が上がり始めた頃には、体はもう決めていた。


十二月、正式にオーナーになった。

余韻という名前は、前のオーナーがつけた名前だ。引き継いでみて、この宿にとてもよく似合っていると思う。

一目惚れして、体が動いて、気づけばここにいる。そういう巡り合わせで始まった宿だから、同じように、何かに引き寄せられてここに来る人に泊まってほしいと思っている。

どうか、会いに来てください。

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